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教師研修会

今年のあつはなつかったね。

どうもしょうしゅうです。

本日は一日祈祷、神殿清掃の後、四ヶ月ぶり(健蔵教師調べ)に教師研修会がありました。

始まって、方向性が私の嫌いな「資料クレクレ状態」になってしまいそうだったので、自分が祈祷時に編集する資料を持ち込みました。

成り立ちから、その使用感、祈祷後の資料の推敲、今後の方針について、お話させて頂きました。

骨身を削って作っている資料なので、あまり人には見せたくなかったのですが、資料クレクレ状態よりはいいかな・・・

何となく、プレゼンっぽくなったし、それぞれの先生方の指針にはなったかな、と思います。

〓しょうしゅう〓

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2018.09.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

かきこうしゅうかいのごんねんどー

こんにちは。

どうもしゅうしゅうです。

8月3日(金)〜5日(日)の二泊三日、夏期講習会で八ヶ岳新明山荘に行ってきました。

今年は特に少子高齢化の影響でか、参加できる子供が少なかったので、言念導のお取り次ぎはかなり変則的なものになりました。

でも、私としては、この変則的で、ある意味「大人の言念導」に移行して、新明国上教会の埋もれた歴史のようなものもお話できればと、信徒或いは教師(先達)の手書きの経典を持参しました。

何冊かあったのですが、「経文のみ」が手書きされた経典を持参しました。

「これは展示されたりした方がいいんじゃない?」

という意見がでてきたので、古い資料も確認されずに処分されていた時代があった、というお話をしました。

また、御法の種類によっては、使われなくなった御法もある、というお話もしました。

それから、教師が使用する九字の種類、九字の練習方法等も、今回は思い切ってお話しました。

質疑応答形式の言念導のような感じです。

ただ、このお話は私自身が様々な言念導と経典御法の中をつなぎ合わせたお話です。

そして、今年も恒例、お道具にさわってみようコーナーで、少しごま…

このコーナー。

自分では、なかなかいいコーナーじゃなかろうか、今後は大人に対しても応用できるんじゃないか、と思っています。

〓しょうしゅう〓

2018.08.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 言念導

五月の終わりに

お久しぶりです。

どうもしょうしゅうです。

五月の終わりに養父の体調が急変して、いろいろ引き継ぐ事になってしまい、まだ右往左往しております。

養母は養母で、耳の出来物の切除手術を受けました。

実母は尿管結石で手術を受けました。

病院という場所は、付添だけでもかなり疲れます。

それらもだいぶ落ち着いてきまして、最近では「月祈願」について考えさせられております。

先祖祈祷や初午祈祷などではなく「月祈願」

今後、私としては「御本尊様」をベースにして、組み上げていく予定です。

ちょっとドキドキしますが、楽しみでもあります。

〓しょうしゅう〓

2018.07.26 | | Comments(1) | Trackback(0) | ひとりごと

言念導のお取り次ぎ

今日は蒸し暑い宿河原です。

どうもしょうしゅうです。

今年になってからまだ、年間の言念導役割当番表がなかったので、とりあえず作ってみました。

「一応、つくった」ので、何ともいえませんが、現在5月まで、どのような基準で言念導のお取り次ぎが行われていたのか、信徒会の要望もさることながら、教主様からの選任ってのもありつつ、やはり、

「取り次ぐのが上手な教師」

が選ばれていました。

言念導のお取り次ぎというのは、それが身についていても、身についてなくても、心から理解しようとする姿勢が反映されるように思います。

「読まされている感」や「業務報告感」になってしまうのは、読み込んでいない場合、よく起こるので、「あぁ、やっちゃったな…」と思ってしまいます。

言念導のお取り次ぎに選ばれるというのは、「名誉」な事だと、私は考えているので、「誰が取り次ぐ?誰に取り次いで頂く?」と、教師会内や信徒会内で悩まれている時には、率先して手を上げます。

「あの先生の言念導のお取り次ぎなら、間違いないね」

と信徒から言われるのは、「最高の名誉」だと思います。

実際、そのように言われているのかいないのか、わかりませんが、今年はだいぶ言念導のお取り次ぎが多いので、評判がいいのだと、良い方に考えています。

そして、言念導のお取り次ぎが少ない方は、自分の言念導のお取り次ぎの評判が悪いのだと反省して、もう少し考えた方がいいのではないかと思います。

当然、内容もですが、実は言念導をお取り次ぐ前後の環境づくりが大切なのですがね。

〓しょうしゅう〓

2018.05.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

お数珠

五月ももう半分過ぎましたね。

いや、「やっと、五月の半分です」と言った方が、時間を有意義に使えそうな感じがします。

どうもしょうしゅうです。

先日、信徒研修会にて「お数珠について」お話しました。

そこで気づいたこと、というか以前から考えていたことですが、「お数珠について」話すだけでは話にならず、否応なく、礼拝の御法、九字の御法等を話し、また、実践も交えなければならない、連続的、複合的なもの、ということです。

だから先日、私がお数珠について話した時に、

「お数珠を基本にして、御法の動きを制御する」

というような話をしました。

そして礼拝については、

お数珠合掌→三礼→お数珠合掌

という別々のポイントを自然に繋ぎ合わせる、というような話をしました。

けれど、あとでわかった事ですが、私の普段の場合はさらに細く、

お数珠合掌→数珠を左腕にかける→お数珠なし合掌→三礼→お数珠なし合掌→お数珠合掌→九字の御法

というようなポイントになっている事に気づきました。

ここで最も重要なのは、今現在、どうやら、お数珠なし合掌から三礼に入る瞬間です。

おそらく、殆どの人が、お数珠なし合掌を意識せずに三礼に入ってしまいます。

お数珠なし合掌を確認する瞬間が、おそらく大切なようです。

今後も、自分の中で細分化されていくかもしれませんが、先日、自分でお話して、自分で気付かされた部分です。

因みに私の一番キライな礼拝の間違いは、お腹の三角形を作らない礼拝で、

「ヘコヘコ礼拝」

と自分がそうならないように変な名前をつけました。

〓しょうしゅう〓

2018.05.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

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佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
新明国上教会につとめる
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