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きよめの九字体操

今日は雨らしい雨。宿河原。

どうもしょうしゅうです。

ここだけの話ですが、『きよめの九字体操』というのを考えています。

ただ単に『九字の御法』を右手で大きく描くだけです。

あまり表立って言わない、話さないのは、変な注意書き、例外だらけになって、本来覚えてほしい『九字の御法』以外の話の方に流れてしまうからです。

例えば、数珠を持った場合どうなるのか、左利きの場合はどうなのか、信徒と教師の違いとか。

現在、私が勝手に考えているだけで重箱の隅ツツキマンが自分以外にいないので(笑)、私のプロトタイプ『きよめの九字体操』を知りたい方は足をお運びください。

とりあえず今の段階での『きよめの九字体操』のメリットとして、

九字における最重要課題、回転方向を覚えられる。

という事は九字の御法を覚えられる(すごい)

また、何を描いているのかわかる(ざっくり表現)

という事は御法の深さを知ることができる。

使えば使うほど、小手先になりがちな九字の御法を反省できる(ry

デメリットとして、

遠くから見るとちょっとヤバイ人に見える。

色々付け加えすぎて重箱の隅ツツキマンになると、何をやってんのか意味がわからなくなる。

左手はどうしようと考えて、重箱の隅ツツキマンになってしまい夜眠れなくなる。

九字が切りたくてしょうがなくなる(用法用量をお確かめください)

九字の御法がしょうしゅうより上手になっちゃう(しょうしゅう目線)

です。

ぜひ、完成させたいものだと思います。

〓しょうしゅう〓

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2018.09.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

教師研修会

今年のあつはなつかったね。

どうもしょうしゅうです。

本日は一日祈祷、神殿清掃の後、四ヶ月ぶり(健蔵教師調べ)に教師研修会がありました。

始まって、方向性が私の嫌いな「資料クレクレ状態」になってしまいそうだったので、自分が祈祷時に編集する資料を持ち込みました。

成り立ちから、その使用感、祈祷後の資料の推敲、今後の方針について、お話させて頂きました。

骨身を削って作っている資料なので、あまり人には見せたくなかったのですが、資料クレクレ状態よりはいいかな・・・

何となく、プレゼンっぽくなったし、それぞれの先生方の指針にはなったかな、と思います。

〓しょうしゅう〓

2018.09.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

五月の終わりに

お久しぶりです。

どうもしょうしゅうです。

五月の終わりに養父の体調が急変して、いろいろ引き継ぐ事になってしまい、まだ右往左往しております。

養母は養母で、耳の出来物の切除手術を受けました。

実母は尿管結石で手術を受けました。

病院という場所は、付添だけでもかなり疲れます。

それらもだいぶ落ち着いてきまして、最近では「月祈願」について考えさせられております。

先祖祈祷や初午祈祷などではなく「月祈願」

今後、私としては「御本尊様」をベースにして、組み上げていく予定です。

ちょっとドキドキしますが、楽しみでもあります。

〓しょうしゅう〓

2018.07.26 | | Comments(1) | Trackback(0) | ひとりごと

言念導のお取り次ぎ

今日は蒸し暑い宿河原です。

どうもしょうしゅうです。

今年になってからまだ、年間の言念導役割当番表がなかったので、とりあえず作ってみました。

「一応、つくった」ので、何ともいえませんが、現在5月まで、どのような基準で言念導のお取り次ぎが行われていたのか、信徒会の要望もさることながら、教主様からの選任ってのもありつつ、やはり、

「取り次ぐのが上手な教師」

が選ばれていました。

言念導のお取り次ぎというのは、それが身についていても、身についてなくても、心から理解しようとする姿勢が反映されるように思います。

「読まされている感」や「業務報告感」になってしまうのは、読み込んでいない場合、よく起こるので、「あぁ、やっちゃったな…」と思ってしまいます。

言念導のお取り次ぎに選ばれるというのは、「名誉」な事だと、私は考えているので、「誰が取り次ぐ?誰に取り次いで頂く?」と、教師会内や信徒会内で悩まれている時には、率先して手を上げます。

「あの先生の言念導のお取り次ぎなら、間違いないね」

と信徒から言われるのは、「最高の名誉」だと思います。

実際、そのように言われているのかいないのか、わかりませんが、今年はだいぶ言念導のお取り次ぎが多いので、評判がいいのだと、良い方に考えています。

そして、言念導のお取り次ぎが少ない方は、自分の言念導のお取り次ぎの評判が悪いのだと反省して、もう少し考えた方がいいのではないかと思います。

当然、内容もですが、実は言念導をお取り次ぐ前後の環境づくりが大切なのですがね。

〓しょうしゅう〓

2018.05.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

お数珠

五月ももう半分過ぎましたね。

いや、「やっと、五月の半分です」と言った方が、時間を有意義に使えそうな感じがします。

どうもしょうしゅうです。

先日、信徒研修会にて「お数珠について」お話しました。

そこで気づいたこと、というか以前から考えていたことですが、「お数珠について」話すだけでは話にならず、否応なく、礼拝の御法、九字の御法等を話し、また、実践も交えなければならない、連続的、複合的なもの、ということです。

だから先日、私がお数珠について話した時に、

「お数珠を基本にして、御法の動きを制御する」

というような話をしました。

そして礼拝については、

お数珠合掌→三礼→お数珠合掌

という別々のポイントを自然に繋ぎ合わせる、というような話をしました。

けれど、あとでわかった事ですが、私の普段の場合はさらに細く、

お数珠合掌→数珠を左腕にかける→お数珠なし合掌→三礼→お数珠なし合掌→お数珠合掌→九字の御法

というようなポイントになっている事に気づきました。

ここで最も重要なのは、今現在、どうやら、お数珠なし合掌から三礼に入る瞬間です。

おそらく、殆どの人が、お数珠なし合掌を意識せずに三礼に入ってしまいます。

お数珠なし合掌を確認する瞬間が、おそらく大切なようです。

今後も、自分の中で細分化されていくかもしれませんが、先日、自分でお話して、自分で気付かされた部分です。

因みに私の一番キライな礼拝の間違いは、お腹の三角形を作らない礼拝で、

「ヘコヘコ礼拝」

と自分がそうならないように変な名前をつけました。

〓しょうしゅう〓

2018.05.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

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佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
新明国上教会につとめる
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