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護摩壇

護摩壇の事を新明国上教会では「こうろくだい」と言います。

どうもしょうしゅうです。

この「こうろくだい」は、秘法中の秘法です。

もし間違えたらどうなるのか、聞いた時があります。

「釜が割れる…等」

という事です。

「釜が割れる」のはまだ「軽い方」なのかもしれない。

…という話でした。

そういえば、何度か、

「どうしたら、こうろくだい(護摩壇)の導師ができるようになりますか?」

と聞かれた時がありますが、私は、

「あそこにだけは絶対にあがりたくない!」って感じた時にその役目がくるよ。

自分の話したい過程を全部すっとばして、そのような事を言っていました。

〓しょうしゅう〓

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2017.07.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 御法

御加持の御法

最近、笑ったのは、

カイロに書かれている「低温やけど注意」は、なんで関西弁なのですか?

です。

どうもしょうしゅうです。

御加持について

先々月(先月は休み)と今月、教師研修会にて御加持の御法について研修しました。

身体をどの順番で加持していくのか・・・という議題にしたかったと思うのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
敢えて、言わせて頂ければ、御加持は、

「頭から足先まで因縁をゴリゴリ払い落としていく」

というイメージを持つのが先だと感じています。

ある意味、お経文は、御真言で充分。

それと他に、御加持の御法或いは清めの御法に何が必要かと思えば、スピードと勢い。

御真言一つとっても、速度の使い分けが必要です。

などなど・・・・・・・・・・

もちろん御加持専用のお経文を覚えるのは大切です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

というような事を・・・

一日祈祷の直会で頂いた御神酒の勢いを借りつつ、実践を取り入れながらお話しました。

ある意味、私の独壇場(笑

まず、御真言と清めの御法の経文だけでもいいから、「頭から足先まで因縁をゴリゴリ払い落としていく」ようにと、健蔵教師の実験体になりながら、久しぶりに御加持の御法を受けました。

すごく久しぶりで、(めちゃくちゃ)気持ちよかった。

最後に、見本として佐藤先生に御加持をしていただきました。

幼少の時からの思い出とともにある、佐藤先生の御加持の御法。

懐かしさとともに、今、あらためて勉強させて頂くと、新たな発見もありました。

そしてちょっとだけ、自分の御加持の御法がバージョンアップしました。

〓しょうしゅう〓

2016.12.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 御法

持鈴の事

本当の事を言うと、それが悪口みたいに聞こえてしまう時ってあるよね。

どうもしょうしゅうです。

持鈴というお道具があります。

字の如く、鈴です。

経文の区切りの部分で振られるのです。

でも、よく聴くと振り方に「癖」があります。

因みに私は、グッと引きつけて振ります。

実はこの振り方は昨年亡くなられた石井盛利教師の振り方です。

私の尊敬する先生で、今も気付けば「よう!」なんて出てきてくれそうな気さえします。

ですんで、尊敬する石井先生の持鈴の振り方を後世に残そうと思った……

訳ではありません。

ただ一番「自然」で「美しい」と思ったまでです。

たぶん、だめだろ!って師匠の言われたら直します。

ここで一番重要なのは「直せ」と言われた時に「直せる」環境を残しておくことです。

私の場合、引きつけるとは言いましたが、要は、

「リン      リン」
とあげるところを
「        リンリン」
ってあげてるだけとイメージして振っています。

あ、本当のイメージを音で表現すると、
「チン      チン」はいいのですが、私の振り方だと、

・・・・・・ってなるので「リンリン」なんてコジャレた擬音を使ってみました。

いずれにしても、「臨機応変にな!」って石井先生に常々言われていたので、守っていきますよ!

〓しょうしゅう〓

2015.02.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 御法

大祭の時の役目

事務所のエアコンは一昨年くらいから壊れてます。

暖房は効くけど、冷房はからっきし。

どうもしょうしゅうです。

大祭の時の役割には色々ありますが、どういうわけか私は一通りできます。

特に本来は女性の役割であるべきらしい『拍子木』もさせて頂いております。

大鐘が先か、経頭が先か、太鼓が先か、拍子木が先か。

実際には、

大鐘が鳴って、経頭と太鼓と拍子木が御真言を21回、お唱えします。

おそらくこの話を他の先生方にさせたら、例えば自分が経頭だとしたら、御真言を唱えている経頭が一番だ、と言われるでしょう。

また大鐘だとしたら、大鐘が初めに音を出すのだから、大鐘が一番だと言われるでしょう。

太鼓だとしたら、リズムを刻んでいるのだから、太鼓が一番だと。

拍子木だとしたら、いやいや拍子木だってリズムを刻んでいるのだから、拍子木じゃないか?

なんて、ここまでややこしい事にはならないと思いますが、それぞれがそれぞれを一番と思っているのは、よくわかります。

でも、どれも不正解。

全てがきっちりそろわなければなりません。

だから一人が揃わなければ、皆、ダメです。連帯責任。

これって音楽用語なのかわかりませんが「縦の線をそろえる」と言われる事なのです。

その、「縦の線をそろえる」為には、何が必要か。

『人の心を買って、自分の心を売れよ』

という教祖おや様の教えです。

人の呼吸、性格、癖等を考慮しつつ、お唱えしなければならないと思います。

でも、それがなかなかできないんですよね。

音楽家でも、音の出だしというのは非常にデリケートに扱うものですから、素人にとってはその感覚さえわからないのかもしれません。

因みにこの「音の出だし」が揃うのを、よく「ハモった」と言われますが、ちょっと違います。

音の出だしの事をアインザッツというのですが、「ザッツがあったね」と若い時はいっておりました。

〓しょうしゅう〓

2015.02.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 御法

礼拝の御法

礼拝の御法は非常に繊細です。

ブログで何度も書いていますが、実のところブログに書く事によって自分に言い聞かせています。

つい2~3ヶ月前から特に気になりだした事があります。

礼拝の御法は「三礼」なのですが、当然、合掌に始まり合掌に終わります。

しかし長年の惰性の結果、最後の合掌が省略されてしまう礼拝になる場合があるようです。

私はこの場合、最後の一礼はキャンセルされるのではないかと思います。

つまり、最後の合掌が省略された場合、三礼ではなく、二礼しかしていない、という事になります。

「継続は力なり」という格言が悪い方向に流れてしまった結果だと思われます。

合掌も同じです。

合掌には様々な種類があるのですが、新明国上教会で行う合掌はスタンダードなタイプ。

掌、指先、指の間をピッタリとそろえた形です。

それが毎日行う事によって、指先がそろわなかったり、指の間が空いてしまったりします。

常に気をつけていれば別なのですが、朝起床したばかりの頭ではなおざりになりやすく、しかも定着しやすいようで、一度気を抜いて間違った御法が定着してしまうと、矯正するのに非常に時間がかかります。

もっと悪い場合は、それが正式だといい始める事さえあります。

どのような宗教でも拝んだり、祈りを捧げたりする姿勢・形というものは基本の基本で、まず礼拝から始まるものだと思うのですが、きっとどのような宗教も当所の姿勢や形とは別のものになっていたりするかもしれません。

礼を尽くすために礼拝(三礼)は歪まないように気をつけたいものです。

と、私は自分に言い聞かせながら礼拝しています。

ちょっとやりすぎじゃない?

といわれたりしながら。

〓しょうしゅう〓

2011.08.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 御法

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