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かきこうしゅうかいのごんねんどー

こんにちは。

どうもしゅうしゅうです。

8月3日(金)〜5日(日)の二泊三日、夏期講習会で八ヶ岳新明山荘に行ってきました。

今年は特に少子高齢化の影響でか、参加できる子供が少なかったので、言念導のお取り次ぎはかなり変則的なものになりました。

でも、私としては、この変則的で、ある意味「大人の言念導」に移行して、新明国上教会の埋もれた歴史のようなものもお話できればと、信徒或いは教師(先達)の手書きの経典を持参しました。

何冊かあったのですが、「経文のみ」が手書きされた経典を持参しました。

「これは展示されたりした方がいいんじゃない?」

という意見がでてきたので、古い資料も確認されずに処分されていた時代があった、というお話をしました。

また、御法の種類によっては、使われなくなった御法もある、というお話もしました。

それから、教師が使用する九字の種類、九字の練習方法等も、今回は思い切ってお話しました。

質疑応答形式の言念導のような感じです。

ただ、このお話は私自身が様々な言念導と経典御法の中をつなぎ合わせたお話です。

そして、今年も恒例、お道具にさわってみようコーナーで、少しごま…

このコーナー。

自分では、なかなかいいコーナーじゃなかろうか、今後は大人に対しても応用できるんじゃないか、と思っています。

〓しょうしゅう〓

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2018.08.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 言念導

日曜参拝会の言念導

以下、先程お話しした日曜参拝会でお取り次ぎした言念導です。

普段、皆さんが行っている新明国上教会で行われる礼拝、正式には「天地の礼拝の御法」についてお話させて頂きます。

まず、合掌してから、礼拝の経文、

「でんでんしゃーりき くうろきくうげんどう」

と唱えながら、礼拝に入り、まず、合掌を開き、三角形にして、お腹にあてます。

次に、お腹の三角形から、両腿の横を膝の所まで擦り下げ、膝から二十センチぐらい前のところに、三角形にして床にあてます。

そして、三角形にした両手のところへ額と鼻が入るように平伏低頭します。

次に、上体を起こしながら、床にあてた三角形をそのまま両膝と両腿を擦り上げ、お腹に三角形をあててから、合掌に戻ります。

これら一連の動作を三回繰り返し、礼拝します。

この一連の動作の中で、何より大切なのは、両手で作った三角形を崩さない事です。

合掌の開き始めについては、様々にお話しされておりますが、私は目の前で合掌を開き始めようが、お腹に三角形をあてる寸前に合掌を開こうが、どこから合掌を開き始めるかは、最終的にできる三角形が崩れない限り自由だ、と思います。

なぜなら、この両手で作られる三角形が崩れてしまうと、結局、合掌にも影響してしまいますし、礼拝全体に影響してしまうようだからです。

礼拝全体を通して、教祖おや様のお教えである『三つの心』を自分の身体を使って表現していると意識すると良いと思います。

また、各自の体調や身体的特徴も考え、、自分のできる範囲で、正しい御法を身につけられるように心掛け、教祖おや様が、

『足を運べよ、正直にすがれよ』

と仰せられたとおり、正直に足を運び、指針が狂わないようにお願いする事が大切です。

自分の心を捧げる礼拝が、他人から見てもきれいな作法でできるように精進していきたいものです。

〓しょうしゅう〓

2017.06.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | 言念導

所感として

今日は先日ちら見した坊主Bコースというコースメニューがある近所の床屋に行こうと思います。

どうもしょうしゅうです。

訓読経の中に紙を貼って訂正してある部分が何箇所かあります。

そこが所謂、戦前に宗教団体として認可されるための苦肉の策であった部分。

確か「ふどうそんとなぞらへ」と御真言の部分。

因みに現在は「擬える」事はしていません。

「新明国上尊に」となっていて、教祖おや様が仰せられた、

『我が亡きその後は何千万の人が我の姿を拝んで利益を得るぞ』

という言念導を形にした、本来の姿として訓読経は確立しています。

訓読経を読めば、だいたいですが、日本語でも意味がわかる部分があります。

でも、訓読経の、強いて言えば「締め」の部分は、まだ解読されていません。

亡くなられた先輩教師の方からは、この「締め」の部分は神仏に謝っているもので、声は小さめ、素早く読経するのだ。

というような事を教えられた記憶があります。

何となく、「人間の言葉で神仏にお願いしてしまい申し訳ない!!!!!!!!!!!」

というような意味が、最期の解読されていない部分にはあるのではないかな、と思ったりします。

が、さて、教祖おや様、新明国上心様の御心にかなうかはわかりません。

とはいえ、私が経頭である時は、声を合わせやすいように遅く…一文字ずつテヌートをかけるような感じで唱え始めてから、その場の状況に応じてインテンポになるように速度を調整しながら、締めの部分でも比較的大きな声であげています。

また、どんな場面でも対応できるように「プレーン」な感覚で読経しているつもりですが、それを維持するのは大変かもしれませんね。

このような内容を書いていいのかわかりませんが、とりあえず私個人の現在の所感とか備忘録とかとして

〓しょうしゅう〓

2015.10.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 言念導

過去の言念導

今日は少し肌寒いです。宿河原。

どうもしょうしゅうです。

明日は岡谷支部春季大祈祷で、明後日は大久野神前の掃除があります。

特に大久野神前の掃除では、梵念梵徳や祈祷の御札の張りかえの他にご幣束や四垂の交換も行われ、昨年からこの交換の役割を私が行なう事になっていて、これからそれらの製作に入ります。

本当は今日、早退してから自宅でそれらの製作に取り掛かろうと思っていたのですが…

何を思わされたのかホームページの更新(というより今はお引っ越しに近い)を一気に進めました。

これで2,006年の言念導は全て引っ越し完了です。

そういえば、2010年まではちょこちょこ許可を得ながら、今月の言念導と称してアップしていたのですが、2011年以降は手元には資料がありますが、よりすぐってはいないので、そこからは一気に2015年になってしまうかもしれません。

〓しょうしゅう〓

2015.05.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 言念導

教師研修会

お久しぶりです。

しょうしゅうです。

皆様、ご存じないかもしれませんが、一日祈祷の後には、教師研修会が行われる場合があります。

これは、教師会とはまた別で、結構幅広く、別け隔てなく話し合いが持たれています。

ただ、実際はその前に行われている「大祭後清掃」の方が重要です。

その場では、短い挿話や現代では若干わかりにくくなってしまった挿話、いわゆる言念導の断片の話が出てくる場合が多いのです。

その中には新明国上教の御法とは違いながらも、その中で臨機応変に対応した話も出てきます。

で…教師研修会という畏まった会になってしまうので、実際教師研修会で話し合われる内容は、大祭後清掃の三分の一程度だと思います。

いわば研修会は大祭後清掃から始まっている!!!!

という話を前回の教師研修会の時に話したのですが、若干の教師の方々の賛同を得られたと思います。

さて…来月は11月で火水祭大祈祷が執行されるので、研修会は行われません。

ですが大祭後清掃は当たり前のように行われています。

私にとっては教師研修会は行われているという事です。

〓しょうしゅう〓

2013.10.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | 言念導

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佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
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