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マニアック

マニアックな仕事と言われてしまいました。

とても複雑な気持ちです。

職業柄なのかもしれませんがプライベートがあるのかないのかわかりません。

「ある」といわれればあるのですが、「ない」といえばないように感じます。

これは私にとってのテーマなのですが、その点をマニアックと感じられたようです。

人と付き合うほど、そのテーマは重要になるのですが・・・

とても難しい問題なのかもしれません。

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2008.05.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

メール

メールは好きなのですが、下手です。

時々、人を傷つけたりしてしまって、そんなつもりはないのにと悔やむ事もしばしばあります。

最近では特にそういう事が多くて、自分でも不思議なくらい。

かといって、文章を編集するのは好きです。

ただ、メールが下手。

下手というか、もしかしたら私自身極度の寂しがりやなのかもしれません。

メールが来るとすぐ返信しなくてはと考えて、あまり考えずに送ってしまっている事があります。

それはどうもよくない事だと思うのですが、かといて電話をしてみてもタイミングが悪い事があります。

では、どうしたらいいのかと悩んでしまう今日この頃です。

2008.05.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

勘・・・

のちのち、考えてみると勘が鋭いのかもしれないと感じる時があります。

それはネガティブな場合が多くて、

「これは失敗する」

「これは別れる」

「これは損をする」

といった場面がふっと浮かんでしまうのです。

もちろん、そういう場面が浮かばない場合もあります。

それは別にネガティブではなくて、いい方向に進む場合は、何も浮かばないのです。

経験則ではなくて勘。

でも、失敗する場面が浮かんでしまうのは辛いもので、特に自分の周りの事について浮かんでしまうと、その場面を吹っ切るように突っ走ってしまいます。

だから、失敗する場合は「何で?」という事がありません。

失敗は必然なのかもしれないと思うと気分が沈みます。

今日は妙にネガティブな話ですいません。

2008.05.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

徒然草第115段の意訳

様々な人の意訳を読みながら、まるで英文を気の利いた日本語訳をするように自分の意訳を作ってみました。

意訳ですので、だいぶ面白いであろう言葉を選んで作ってみました。

やっとひと段落ではなくて、これから「ぼろぼろについて」と「宿河原のついて」という題で書いています。

それにしても、ますます徒然草の宿河原は、ここ川崎市多摩区宿河原ではないような気がしてしまうような文章ばかりなので難しいかもしれませんね・・・

でも、宿河原にある徒然草碑は地元宿河原を愛する方々が素人ながら学者の手を借りずに丹精込めて作られているので、その気持ちを大切にしながら作業を進めたいと思います。

私は、この徒然日記を読んでいても分かるかもしれませんが、文章が前後したり、何度も同じ事を繰り返したりしてしまうので、結構たいへんな作業になってしまいそうです。

2008.05.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

徒然草

まだ、書ききれていません。

資料はある程度読んでみたのですよ。

けれども、その資料を読めば読むほど、あまりよい印象を受けないのです。

ぼろぼろという虚無僧崩れのような存在。

そのぼろぼろ達の姿の資料などをみていると、虚無僧とはまた違うらしく、どのような存在だったのか察するに、僧侶を騙る浮浪者のようなイメージ。

そのような人たちが河原にたむろしているというイメージ。

そんな人たちの話だったのだな・・・

と少々考え物なのですが、救いは「宿河原」という名称は例えば「富士見」という地名が多いように、全国的に普及していた名称らしく、ここ宿河原とは違う可能性の方が大きいようです。

でも、それでは近所の徒然草碑を否定してしまっているという悪循環。

どうアプローチして近所の人たちに納得してもらうか?

まぁ結局読んでもらえないかもしれないかな?

とかいろいろ考えていたら、手が止まっています。

それに以前にも書きましたが、近所の徒然草碑には、兼好法師自身の批評部分が抜け落ちてしまっているのですよね・・・

それが一番の問題点だったりします。

2008.05.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

変な予感

よく変な予感というか、例えば、ものすごく短期間の風邪になったりします。

寝てしまえば、治ってしまうのです。

しかし、そこからが問題で、自分の身の回りの誰かが風邪をこじらせていたりします。

別に気のせいと言ってしまえば、気のせい。

でも毎回、

「あの時、何かしら注意しておけばよかったのかもしれないなぁ」

と変な反省をしてしまいます。

2008.05.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

継続は力なり

今日はおみがきなのですが、こうろくだい(護摩壇)の清掃中で、御祈願が入ったので少し休憩。

その間に来月の一日祈祷時に配布する【言念導】の印刷をしております。

意外に推敲しているようでも事務長に見てもらうとわかりづらい部分が多く見つかって、結局おみがきから少々離脱する形になってしまいましたが、もう期日も迫っていたので致し方ありません。

それにしても今回の【言念導】で第11回になりますので、約一年間、毎月言念導を製作した事になります。

実は私はあまり好きな言葉ではない「継続は力なり」とはまさにこの事ですね。

いやいや、「好きな言葉ではない」とか言うと語弊があるかもしれませんが、私が言いたいのは、

一瞬だけ振り返って、

「継続は力なりだね」

というのが本来の形であって、

「継続は力なりというんだから頑張ろう」

と言っている段階では、まったく意味を持たないのではないか?

という意味であまり好きではないだけですよ。

2008.05.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

嫌いな人間。

私にも嫌いな人間はいる。

けれども、その嫌いな人間の嫌いな部分が少なからず自分にも内在している事も知っている。

むしろ同じくらいに自分がその嫌いな部分を持っているのだとも強く感じる。

それを知っているからこそ、反省できるのだが、気づかない方が幸せなのかもしれないと思う。

以前、私の目の前で、私の知人の事を、

「私、あの人の事が生理的に受け付けないのよね~」

といった人がいて、その人は一生気付かないかもしれないが、その人の運転する自動車に乗った時に、

「この人、自分の嫌いな人とまったく同じ運転をするんだな」

と感じた事がある。

どんな運転だったかというと、

「運転中は運転に集中したいからあまり話しかけないで欲しい」という運転。

それを言ってあげようとも思うのだが、それが言えない。

という部分もそっくりなのだから困ったものだ。

そうそう私の嫌いな人間。

自分が一番嫌いです。

幼児のように無邪気な残酷さが三十路になった今でも発露する瞬間を感じる時があるのです。

さすがに理性で止めますが、どうやら本能のままに行動している時があるようです。

本能を理性で止めるという図式は大人ならば無意識下で行われるはずなのに、たまにはっきり意識できる瞬間があるので、そんな自分を感じた時には恐怖すら覚えます。

でも、命云々以前に、自分の性格を変える事も殺す事も実際できるものではなくて、ただうまく発想の転換をはかって、一生付き合っていくしかないですね。

でもたまには好きになる時もあるので、人間は個人の問題からして勝手な生き物なのだなぁと思っています。

2008.05.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

結婚式

学生時代の恩師の結婚式で静岡県三島市にきております。

日帰りです。

大好きな先生なのでお二人には幸せになってもらいたいです。

2008.05.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

神殿当番の朝

いやいや、だいぶ明るくなりました。

朝起きて遅刻したんじゃないかと毎日ひやひやします。

それに今日は神殿当番だったので普段よりも一時間早く起床して、神降ろしをします。

実は一度だけ、有り得ない程に遅刻した事があって、その時には先輩教師の方に、

「おめぇ!なにやってんだ!」

ってさんざん叱られた事があります。

もうね、袴とかくるくる巻いただけで、ヒョロヒョロって擬音をそのまま体現したような姿で神殿に向っている自分に泣けてきました。

いい勉強になりました。

ヒョロヒョロ。

あれは自分でも情けなすぎました。

むしろ人間って極限状態だとありえないような擬音を身体にまとう事があるんですね。

ジョジョの奇妙な冒険の「擬音」は有り得るんです。

ただ私の場合、

「ゴゴゴゴゴ」

っていうカッコいいのじゃなくて、

「ヒョロロロロロ」

っていう有り得ないくらい情けない擬音でした。

お恥ずかしい思い出で、すいません。

2008.05.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

神殿当番

体力的・見た目・内容。

パッと見を俗にいえば、

「待つのも仕事」

の部類に入る仕事かもしれません。

でも、言葉はわるいかもしれませんが、相手にするのは、

「目に見えない心」

何もしていないのに午後になると急に身体が重くなったりします。

逆に午前中は座りっぱなしで祈願していたのに、午後になっても身体が軽くて不気味とさえ思う時もあります。

教師であるための行なのかもしれませんが、説明するのが難しいところです。

神殿当番とはつまり、よくもわるくも、「目に見えない心」との会話なのかもしれませんね。

一番馴染みやすいであろう言葉としては、

「変な疲れ方をする」

ような感じかな?

2008.05.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

教師会と教師研修会

大抵の場合、教師会ではこれからの予定の確認やその他の問題について話し合われるのですが、私としては現教主様が教主を継承されてから、一日祈祷後におこなわれるようになった「教師研修会」とどのように区別していくのか考えさせられます。

今日も準教師の教育についての話題が持ち上がりました。

準教師の教育といえば、まず新明国上教会独自の「礼拝所作」を叩き込む事。

もちろん、それは教師としても同様に重要な事なのです。

ただ、教師の場合、毎日の事ですから「流されない」事が重要になってきます。

そして「準教師」を教育するとすれば、「流されない」事以上に、「忘れない」事も重要になってきます。

準教師は新明国上教会に毎日来られるわけではないので当然といえば当然です。

見方によっては教師を教育するよりも難しいのかもしれません。

と・・・考えていたら、「経典」を教えたり、読経したりする事について話題が進んでしまい、結局その話題はあっという間に過ぎて、どのように扱うかは先輩教師に一任されました。

このような事をブログに書き込んでいいのかな?

問題があるかもしれませんが、とりあえず私の「ひとりごと」として・・・

2008.05.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

教師会

教祖おや様の月命日にあたる21日に教師会が行なわれています。

新明国上教会の行事予定によっては日にちが変更される事もありますが、基本的に21日に開催される事になっています。

2008.05.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

今日の出来事

今日、何をしたというよりも最近は昨日は何をやったとか明日は何をやるといった内容が多いように感じます。

それというのもその場その場の言葉というのが非常に苦手なのかもしれません。

後で考えてみると非常におかしな事でもその場においては説得力をもってしまうという場合があります。

その人の普段の言動と所作などから判断してしまうからなのかもしれません。

それでも一旦冷静になって考えたり、複合的に考えてみたりするとどこか論理が破綻していたりするものです。

私は違うかといえば、まったく同じで、自分の判断力のなさに辟易してしまう事がかなり多くあるように感じます。

いずれにしても、

「先の心をかって、自分の心を売れ」るような他人に寛大な懐をもった人間になりたいものですし、自分のためであって、それはまた他人のためでもあるような行動原理を身につけたいものです。

それにはまったくもって人間そのものからにじみ出るようなやわらかさというものが必要なのかもしれません。

それは一つの才能です。

何でも言われてしまうのは人として悲しみを背負う場面に出くわす事が非常に多くなるかもしれませんし、傷つく事も多くなるかもしれませんが、それはそれで才能です。

内向的な私が自分を正当化しているようですが、まったくその通りで、「自分の正当化」は誰でも行っている心の動きでしょう。

・・・いやいや今日の出来事と書いたはいいですが、支離滅裂ですね。

2008.05.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

気づかずに…

昨日、一昨日と同じ題名でしたね。

失礼しました。

昨日は昼間から酒。

結構効きます。

でも私はカラオケの裏方担当なので、そんなには飲まないのですが、むしろ中途半端な感じになってかえって人より効いているかもしれませんね。

2008.05.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

信徒総会

今日は新明信徒会第一回定例総会。

10時から神殿祈願。

その後、新明会館。

さらにその後、懇親会。

総会屋はさすがにいません。

2008.05.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

信徒総会

明日は信徒総会。

「新明信徒会」となってからの、初めての信徒総会です。

とはいっても、内容はあまり変わりませんし、いつものようにたんたんと時間はすすみます。

今日は、午後から新明会館四階のテーブルセットを行います。

そういえば、徒然草について、何かしら書かなければならない期限が今月末だった事を思い出したので、そろそろ資料をまとめてみようと考えています。

2008.05.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

昼間から…

感謝祈祷後には直会(なおらい)が当然あります。

食と宗教とは切っても切れない間柄なのですね。

昼間から御神酒をいただくのは、むしろ幸せ者なのかもしれませんが…

効きます。

しかも、ちょうど昼休みくらいの短い時間にいただくのですから、尚更効きます。

それでも夕方になったら呑みに行きたくなる自分がいるので、驚かされますね。

2008.05.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

徒然草

先日、徒然草について少し調べてみようと思いまして、ブック・オフで「ビギナーズ」的な本を買ってきました。

それと、友人に紹介された「パイロット・フィッシュ」という本と「古武術」の本を買ってみました。

古武術に関して書いてある本・・・

家にありました・・・

ビギナーズ徒然草・・・

宿河原に関して言及されるはずの第115章がありませんでした・・・

いやいや、迂闊にすぎです。

というわけで、友人から紹介された本を読んだのですが、どうやら青春小説らしく、最近の私にとってはとても感じ入る部分もあったのですが、普段読んでいる作家の文章に慣れているのか、どうも読みにくく感じてしまいました。

とはいっても、私は作家ではないのでそのように文章を書けるかといったらそれはまた別の問題。

文章のセンテンス、話し言葉の文章、登場人物の人格描写や人間関係・・・

まぁまぁ、薄い本ですし、すらすら読めて面白かったのはまちがいないし、私が普段読むような本とはまたジャンルが違うのでとても興味をもてったのは確かです。

それにしても問題は「徒然草」・・・

夜中に本を広げ、

「ふむふむ・・・・・」

「え~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!宿河原!ないじゃん!」

と小さく叫んでしまいました。

2008.05.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

日記なのに・・・

隔日になってしまっています。

昨日は寒くて、今日は雨ですね。

しかも昨日よりも寒いです。

皆様もお仕事が終わってから、家に帰って、お風呂に入って、ゆっくりされる方がおられるかもしれません。

私もお風呂は人並みに好きです。。

ここ2、3年は(もっと以前からだったかな?)本をお風呂場に持ち込んでいます。

最近、ダン・ブラウン著の「天使と悪魔」という本を読みました。

例の「ダ・ヴィンチ・コード」で活躍する象徴学者ロバート・ラングドンシリーズの第一作です。

象徴と宗教と言うのは韻が似ているだけでなくて密接に関係しているものなので、ダ・ヴィンチ・コードにおいてはとても勉強になりました。

本が好きな故に、しおりがないからひらいたままひっくり返したり(これが一番嫌い)、ページを折り曲げたりはあまりしないのですが、ダ・ヴィンチ・コードを読んだ時にはページを折り曲げたりして、後々パソコンに入力したりしていました。

今回読んだ「天使と悪魔」も、なるほどと思った部分のページがいまだ折り曲がったままです。

どちらかというとダ・ヴィンチ・コードよりも面白かったように思います。

それにしても、このような秘密結社的なものは人の興味をひきつけますし、文学作品が宗教的教義でないかぎり、われわれ人間というのは他人の空想に酔う事がができないように感じました。

2008.05.13 | | Comments(1) | Trackback(0) | 日記

岡谷支部春季大祭

かなり時期は遅いですが、今日は岡谷支部の春季大祭でした。

あいにくの雨ですが、もう教主様などは本部に帰ってまいりました。

後は、マイクロバスで朝早く出発した信徒の方々の帰りを待つのみです。

それにしても雨は嫌だ・・・

と私が思い始めたのはごく最近の事なのです。実は。

私は結構、雨が好きです。

中学の時などは傘をもって雨音を聞きに散歩したりしてました。

そういえばチャゲ&アスカに「始まりはいつも雨」という名曲がありましたね。

確かそれも中学の時に良く聴いた曲だったように思い出されます。

雨らしい雨ではないですが、小雨は一番転びやすかったりします。

皆さん足元には気をつけてくださいね。

2008.05.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

寒いですね。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?

私はというと少々考えさせられる日々を送っております。

よく人に「目が綺麗ですね」と言われるのです。

それは決して嫌だなと思うわけでもなくて、ほめる所がなくて仕方がなく「目が綺麗」と言われている気分になります。

よくよく考えるとまだまだ子どもだから「目が綺麗」なのだろうと思います。

子どものような心をもった大人です。

と自称する人は多々おられるようですが、私自身は本当に子どものままの心なのかもしれないとつくづく考えさせられます。

子どもは残酷さと素直さを併せ持った、大人では考えられないような存在ですが、それは大人が世の常識、非常識を理性で判断し始めてから子どもを見てしまうからなのかもしれません。

私はというと、子どもは恐怖の対象です。

なぜ、恐怖かと言うと、自分の中にその残酷さと素直さ、ともすると大人からは信じられないくらいの無責任さを感じてしまうからです。

そして、それは自分自身の素直な心と照らし合わせて、きっと何も考えなければ子どもと一緒に行動してしまうかもしれないと感じてしまいます。

大人とは裏切られた青年の姿。

とは私の大好きな太宰治がいった言葉ですが、言い得て妙為り。

ただ私の場合まだまだ子どもの域を脱していないようなので、これから青年になるつもりです。

ひとりごとでした。

2008.05.11 | | Comments(1) | Trackback(0) | ひとりごと

先日

このブログを見てくださっているという方がいらっしゃいました。

特に私と「ねずみさん」との格闘を綴ったブログが面白かったそうです。

確かに読み返してみると、短いながらもおもしろおかしくまとまっている回でした。

それにしても最近、ブログを更新する頻度が少なくなりつつあります。

とりあえず、二言三言なりでも綴っていこうかなとは考えているのですがね・・・

2008.05.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

5月2日~5月5日

世の中はゴールデンウィークですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

私はといえば、5月2日夜から5月5日まで八ヶ岳の新明国上教会信徒研修施設「新明山荘」に行ってきました。

そのようなわけでブログの日記を更新しようと思えばできたのかもしれませんが、楽しい話題に事欠かない友達の中で、ほとんど頭で考えるより先に言葉を出しているような状態でした。

気を使っているような、使っていないような、今、考えてみると不思議な感覚があります。

何でも楽しんでしまおうという感覚なのかもしれません。

普段でもそのような感覚は忘れたくありませんね。

2008.05.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

新明国上教会ホームページ

更新いたしました。

今月の言念導は一日祈祷で佐藤盛龍教師が行われた、

「厄年・厄月・厄日」について

です。

因みに・・・

この題名は私が命名いたしました。

2008.05.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

連続で書きます

一日祈祷の言念導は佐藤盛龍先生。

私の大叔父であり、新明国上教会においては師匠です。

今回の言念導は趣向を変えて、節分における厄払いと、五月という厄月についての言念導でした。

これは新明国上教会ホームページの「今月の言念導」に掲載する予定です。

2008.05.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

4月30日

最近、アップしようとすると急な仕事が入ったりして更新しておりませんでした。

で、30日何をしていたのかを思い出そうとしたのですが・・・

忘れました・・・

次の一日が神殿当番だったので、結構ナーバスになっていたかもしれません。

神殿当番をすると次の日は午前三時半くらい起床で、朝の勤行の準備をしたりするのです。

もともと朝は弱い方なので神殿当番の前日あたりから微妙にナーバスになったりするんですよね。

修行といったら修行ですが・・・

修行とは「行いを修めて」やっと「修行らしきものになる」というものですからね。

2008.05.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

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プロフィール

佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
新明国上教会につとめる
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