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じんましん

昨日のお昼くらいからじんましんがでてます。

おそらくあれのせいでは・・・

という目測があるのですが、それより何より今の体中痒い状態がなくなってくれれば原因なんて何でもいいよ!

という感じです。

今日は節分の舞台組みだったので少々汗をかいた事もあり、なおさら痒さが身に染みます・・・

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2010.01.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

最近の滞り・・・

新明誌の編集に行き詰っているという現状だからです。

そのような弱音を吐いてはいけないのですがね。

ただ、もう話し言葉から読める文章にはなったと思います。

自称ですがね。

今日は、ここまでくるのに随分時間がかかってしまいましたが、新明誌枠に移動させる作業をしておりました。

色々な方のお話を聞いてみると、どうやら文字の大きさは前回の新明誌くらいの方が読みやすくてよかったというお話を小耳にはさんだりしたので、今回はその大きさで編集していこうと考えております。

ここに書いて、サボり癖のある自ら奮起させて、また明日から次の作業に移っていこうと思います。

次の作業・・・

新明誌枠に移してから、もう一度文章を読んでいきます。

未だに話し言葉の部分が知らず知らずのうちに残っているものなので、そこを修正する作業ですね。





さてさて、「おそれる」という単語があります。

私は日本語しか話す事ができませんので、キリスト教的「おそれる」には多種多様の単語があると思います。

先日、友人のゴスペルオルガニストのブログを読んでいて「恐れる」という単語を使っていたので、「おや?」と感じてしまいました。

「神を恐れる・・・」というような意味で書かれたブログだったので、気持ちはわかります。

ただ、この場合は「畏れる」という方が・・・

と考えていたのですが、パソコンで打ち込んで変換してみたら・・・・

ありゃ・・・どちらでもよいようですねwww

私としては「畏敬の念」という単語が浮かんできてしまって、

「畏れるの方がいい!」

と独断と偏見で感じてしまったようです。

ただ、自分も同じように読まれるものを書くとすれば、「おそれる」とするかもしれません。

「おそれる」という平仮名ならば、もっと多くの意味を知らず知らずのうちに含ませて、伝える事ができるのではないかなと・・・

いやいや、昨日ふと考え込んでしまって眠れなくなってしまった話題だったので、ちょっと書き込んでみました。

言語って難しいですね。

2010.01.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

新年会

一週間くらい前に書いたものですが、アップし忘れていたので・・・・

1月16日(土)に新明国上教会合同新年会がありました。

多数の参加を頂き、盛大に執り行う事ができました。

さて、新年会で私は毎度のようにカラオケ担当です。

私はあくまで参加者の要望をなるべく叶えられるように手配したつもりです。

ただ今回、私は裏方に撤しようと考えていたのでお酒は乾杯の他、ビールを少々頂くのみにしておきました。

私にお酒をつぎに来られた方々には申し訳ありませんでしたが、お断りさせて頂きました。

それから…

一応音楽を勉強していたもので、

「あ~その高さだったら三度でハモれる!」

「タンバリンがあればいける!(何が?)」

とかウズウズしておりました(笑)

また、特にお美しい方に、

「一緒に歌いましょう」

とかいわれたり何かして、かなり嬉しくもあったり何かして、いっちまおうかな、どうしようかな、何て考えたりもしたりなんかしたんですけどね…

やはり裏方に撤して、お断りさせて頂きました。

それでも数あるコーヒールンバの内、私が選曲した荻野目洋子バージョンは正解だったと思います。

しかもその方はさすが音楽関係の仕事をなさっている方だけあって、アーティキレーションが少しずれてるのに、そのずらした状態から歌詞と音をはめ込んでいく技術というか感覚があって、感心しておりました。

それにしても盛大のうちに散会となりましたので何よりでした。


・・・というような内容を携帯で打ち込んでアップをし忘れておりました。

結局、私は次の日が神殿当番だったという事もあり、二次会も途中参加、途中退出という情けない感じになってしまいました。

その後にも地元老人会の新年会のカラオケ係り、というより音響担当などをする時もあります。

高齢の方は耳が遠い方が多いので、音が半端なく大きくなってしまいます。

しかも、テープの録音状態が悪いので尚更大きくなってしまいます。

その複雑な作業が厳しくならざるを得ないので、厳しい言葉であしらってしまう人もいるかもしれないと毎回反省してしまいます。

2010.01.27 | | Comments(2) | Trackback(0) | 日記

ちょっと・・・

国旗掲揚に関して言い過ぎました。

でも、消すつもりはありません。

間違えていれば、そのうち考えも変わります。

そしたら、前回の国旗掲揚に対して書いた内容が反省として残っていれば幸いだと思うからです。

でも、みんなで協力し合って行事を行わなければならないという気持ちは変わらないと思います。

当たり前ですけどね(´・ω・`)b

2010.01.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

今更ながら・・・

あけましておめでとうございます。

こんなに新年のごあいさつが遅れまして、誠に申し訳ありません。

私は最近、頭をさすると少々痛いので疲れ気味ないなあ、なんて感じておりましたが、何とか元気であります。

このブログをまったく忘れていたのではなくて、あれを書こう、これを書こうと考えているうちに時間がすぎてしまいました。

そういえば、新明国上教会では大祭では国旗と正門に提灯をあげます。

また、祝日には国旗をあげます。

このあげる係りについて思った事です。

さて、これらをあげる係とは誰でしょうか?

結論から言いますと、新明国上教会関係者全員です。

誰かが気づいてあげればいいだけの話です。

それでも、昨年12月の教師研修会時に「国旗をあげる係りは神殿当番」と決定しました。

実際、私はいつも忘れていたので、少々いい訳じみているかもしれませんが、これを期に何とか忘れないように気をつけようと反省させられた次第です。

それではいつもあげていた人が誰なのだろうと考え直したら、教師研修会にて「国旗をあげる係りを決めたらどうか」と提案した教師の方でした。

確かに、帰りがけに国旗をあげておられたようです。

しかし、つい先日の成人の日。

その方は国旗には見向きもしません。

神殿当番の教師の方を見てみると、どうやら忘れているっぽい感じでした。

それではと、8時以降の役目を行う前に私が国旗をあげさせて頂きました。

どういう了見で「国旗をあげる係りを決めたらどうか」と提案したのかはわかりませんが、

「いつも私がやっているのに、誰も構ってくれない」

と子供じみた主張をされたみたいで情けなくなってしまいました。

これは私が「新明国上教会関係者はすべての行事において、協力し合わなければならない」と考えているのかもしれませんが・・・

何やらまぁそれ以上に忘れっぽい私はもっと情けないのですがね。

だから私は「国旗をあげるのを忘れないようにするのは神殿当番」だと解釈しています。

そして「神殿当番は国旗をあげさせる権限があり、国旗掲揚者の決定権がある。またその決定は絶対である」という事で、誰に頼んでもよいという事だと解釈しています。

いっその事、国旗、提灯は常に出しておかなければならない、ま、ほどほどにね。

くらいの気持ちでいようと思います。

忘れっぽいので・・・

2010.01.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

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佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
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