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大鐘

先日からお話している新明国上教会の大鐘。

今日、いつもお世話になっている仏具屋さんから代わりの鐘が届き、今ある鐘を今度修理、というか調整に出す事になりました。

考えてみれば、私一人の意見でここまでやってもらうのも心苦しいのです。

でも、鐘の響きを聴いて気持ち悪くなるのは自分だけではないはずです。

こればかりは、おそらく徐々に症状があらわれてくるものではないのかと思います。

いわば、サブリミナルのように。

だから、この機会に調整に出して正解だったと思っています。

だって、ぜったいおかしいもの。

あの響き・・・

ドヨォォ─(lll-ω-)─ォォン…

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2010.03.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

何だかなぁ・・・

来月は行事が立て続けにあります。

来月は1日には一日祈祷、3日には常任幹事会の役員会、4日には日曜参拝会、そして8日から春季大祈祷が始まります。

特に初っ端の一日祈祷から一日空けて常任幹事会があります。

両方、神殿祈願があります。

私の場合はその後の講話と作法をお話する予定です。

講話は「太陽が突然なくなったらどのような状態に地球がなるのか」を今のところ考えています。

ネットの受け売りですが、そのままではなくて自分なりに調べています。

いずれにしろ、私のメインは「作法について」をお話する事だと考えていますので、以前参籠研修会で行った「正座」「合掌」「礼拝」について三本立てで行う予定です。

「太陽が突然なくなったらどのような状態に地球がなるのか」というのは計算式も理解できればもっと面白いのかもしれませんが、そこまで私は理解できそうに無いので、もしかしたら調べるだけでボツになる可能性大です。

でも、今ものにならなくても、今後作って見たいお話の一つになっています。

2010.03.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

教師研修会議事録

3月1日の教師研修会より、研修会の議事録を配布する事になりました。

その議事録をファイリングして備忘録にしようと考えました。

ただ、よく考えてみると教師会にしても議事録があるものの、事務所に一部あるのみです。

私自身は個人で備忘録としての議事録を毎回作っています。

でも考えてみれば、他の教師の方々がそのような備忘録を作ってはいないようです。

私の場合は備忘録と議事録とは同じようなもので・・・

まあ、不器用なのでほぼ議事録となっています。

私の場合。

それも怪我の功名ではないですが、なかなか役に立っています。

2010.03.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

お花見

昨日は先日お話したとおりお花見でした。

九時くらい準備を始め、十二時前にお花見開始です。

今日も寒いですが、それにしても昨日は寒かった。

2010.03.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

お花見

明日は拡大観桜会、いわゆるお花見です。

朝、9時くらいから準備を始める予定ですが、まだまだ桜はちらほらしか咲いてません。

まぁ、花より団子ですね。

2010.03.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

秘密の鐘

先月の頭髪祭の清掃の時に、かなり激しく経机の鐘が落ちる音がしました。

おそらく、体のどこかに引っ掛けて落としてしまったか、それとも手が滑ってしまったのか、豪快に経机の鐘が転がっていました。

楽器の響きというのは調整が難しいというか、ちょっと落とした衝撃でも、その楽器の材質によっては音が大きく変わってしまいます。

楽器を勉強していた経験から分かりきっている事なのですが・・・

実は、響きが変わってしまいました。

でも他の教師の方々は、どうやら気づいていないようなのです。

「音が変わりましたよね?」

と、しばらく経ってから落とした張本人に聞いたところ・・・

何故か、言念導にある「鐘の上げ方」について話し始められてしまいました。

その時に他の教師の方にも同じように、

「音が変わりましたよね?」

とお聞きしたのですが、やはり「鐘の上げ方」について話し始められてしまいました。

上げ方ではなくて、音そのものが変わっているのをどのように説明したらいいのかわからないので、

「そうですか・・・私の気のせいですかね・・・」

といって、その場は話をはぐらかしておきました。

現在、時間の経過と共に少しずつ響きの違いに慣れてきてしまって、

「まぁ、よく聴いてみると、撞木を当てる場所、強さ、角度等によっては調整できるのかな・・・」

と妥協してしいるというか、慣れ始めているというか、そんな自分が嫌です。

でも、それらの経験から「鐘の上げ方」についての言念導にも、もっと理解を深めなければならない部分がある、と以前から考えていた事を思い出させて頂けました。

そして、その私が考えている事というのは、おそらく「鐘」「持鈴」「錫杖」等、御法において使用される道具全般に言える事です。

それは何かといいますと、「楽器の特性」についてです。

とりあえず、今回は「鐘の上げ方」について、私の考えを申し上げたいと思います。

鐘の上げ方については、

「鐘は撞木をすりあげるようにあげる」

と教えられます。

しかし、本当にすりあげてはいけません。

すりあげた分だけ鐘と撞木が接触して響きを殺してしまいます。

「すりあげるように鐘に触れる」だけで十分なのです。

この部分の感覚の表現はもっと考えなければならない部分だと思います。

今のところ、おそらく表現できる動詞があるとすれば「触れる」になるのだと感じています。

「触れるだけでは、音がならないではないか」

と言われてしまいそうですが、あくまで感覚として「触れる」です。

「触れるだけでは音が小さい」

と言われれば、音をよく聴いて、一番響く強さで触れればいいだけの話です。

どうやらほとんどの教師の方々が、響きを殺してしまってるのが現状です。




しかし!しかし!しか~し!

一応、楽器のプロを目指した私が言ってもダメ。

お道具を楽器として見た場合、私の見る限り、アプローチの方法が下手・・・というか「雑」です。

2010.03.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

新明国上教会の三重塔の説明

新明国上教会の六角三重小塔。

本堂は入母屋造で、その棟の中央に基壇を造り、その基壇の上に建っています。

昭和59年に建立されています。

一般の塔マニアの方々からみれば、性格・仕様などは他の仏塔あるいは正規の塔建築の形式とは一線を画しているといわれます。

それというのも本来は増上寺のような入母屋造のみの建造だったのですが、新明国上教会の教義教理などを暗に示すのに、たまたま旧来の塔の形がちょうど良かったので、入母屋造の建造物の上に塔を建てたようです。

新明国上教は基本的に教派神道系と言われております。

実際、開基当初は真言宗醍醐派宿河原修験道場と呼ばれておりました。

現在でも地元では「お不動さん」と呼ばれる方もおられるようです。




のような感じ。

あくまで一般参拝者の目から、新明国上教会の境内や本堂を見るとしたらこのようになると思います。

2010.03.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

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