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2018年2月

バナナはおえってなるから、嫌いじゃないけど食べられない。

だってドライバナナは好きだもの。

どうもしょうしゅうです。

今月の神殿当番は3日8日15日21日26日でした。

3日は節分祭。

8日は平常運転。

15日は十五日会。

21日は頭髪祭。

本日、26日はおみがき。

事情で交代して頂いた日もありましたが、今月はほぼ行事がある日が神殿当番でした。

特に頭髪祭は信じられない位に役割が多かったように思います。

当日、神殿当番。

午前七時の行事は導師。

新明国上教会の天国法流の真髄、お線香によるこうろく台(一般的には護摩壇といいます)でした。

午前十時半の行事は奉行、拍子木、言念導のお取り次ぎ。

でもこの十時半の時、奉行の関係で色々と調整していたら、拍子木の準備を忘れました。

こればかりは、忘れたのに気づいた瞬間、

「あ〜これは・・・色々こなし過ぎたら、ちょっと色々ありそうだから、とりあえず1個だけ忘れさせられたかな…」

と苦笑いしてました。

まして午前七時半は導師。

そして本来、女性の役割と言われている「拍子木」まで自分の役割の中にあるのです。

「忘れたことを、またうまいこといいよりますなw」

とも言えます。

とはいえ、その分、頭髪祭では教祖御霊前に上がった御膳が頂けます。

そういえば御膳の中に、フキノトウの天ぷらがありました。

もしかして・・・と思ったのですが、実は最近(季節ですな)境内にはえてきたフキノトウを、私がこっそりモギモギして、その時ちょっと体調を崩されていた教主様に届けたものでした。

旬ものを食すのは長生きの秘訣といいますからね。

それが巡って教祖御霊前の御膳にあがっていたので「おぉ〜」と思いました。

そして、今年の頭髪祭では、いつも勉強させて頂いている先生との久しぶりの一献を、御本尊様にあがった御神酒、御本尊と教祖御霊前にあがった鯛、という誠にめでたい組み合わせで頂けたのは幸いでした。

〓しょうしゅう〓

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2018.02.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

後遺症

ボロは着てても心は錦。

どうもしょうしゅうでう。

先日、数年ぶりに幼馴染とその大学の同級生と4人で飲みました。

私は幼馴染と同じ大学ではないですが、おそらく私も同じ大学で学んでいたかのような雰囲気で話すので、私は下ネタの部分しかわからず、

「君は下ネタの時にしか反応しねぇな」

と言われます。

いや建築関係とか不動産関係とか、ほんとわかんないから!

とはいえ楽しいひとときでした。

一人の友人はパスもとかSuicaとかそういうカードを失くしてしまって、困っていたので、その友人が持っていた綿棒を500円で買い取りました。

無事、次の日には札幌に着いたようです。

そのカード紛失事件の後、久しぶりに飲んでからのラメーンに行きました。

酔っ払ってのラーメーンはとてもヤバイやつです。

替え玉もできるという事で、炭水化物大好き人間な私。

電車の中でキラキラをしてしまうかもしれないくらい、しこたま食べました。

お店の人に「いいんですか?!」と言われるくらい。

うすれゆく意識の中で、友人がインスタバエを狙って、自分の分の替え玉皿を私の分の替え玉皿に重ねたのか、私の前の替え玉皿が六枚ほど・・・。

二日くらい、後遺症で下がザラザラしてました。

あ、舌だ。

〓しょうしゅう〓

2018.02.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

大祭の役割とかいろいろ

冬の神殿内は手がかじかみます。

どうもしょうしゅうです。

大祭の役割を、すべて満遍なくできるようにしたらどうか?

というような事を話される時があります。

でも、もともと教主様からの思し召しでできる役割の道が決まるので、どうしてもできる役割が偏ってしまうのは仕方がないと、私は感じています。

あと、クオリティの問題もあります。

太鼓がお祭りみたいな太鼓(まあ大祭なので間違いではないですがね)になってしまう方もおられますし、もう今から直せといっても、

自分のようにやれないのか!

と言われてしまいそうです。

私は私で、以前にも書きましたが、特に錫杖を振っている時の太鼓は『天の心』をあらわすと共に、神降ろしを変奏してから、昼夜の繰り返し、その中に『第一ぶんえんいとくの心』で行う太鼓のリズムを変奏させてあらわすという心で行じています。

しかも、まだ道の途中という感じです。

だからもし私が教えるとしたら、そのように教えると思います。

神降ろし変奏から、昼と夜の『第一ぶんえんいとくの心』変奏。

あ、私の錫杖の時の場合は、その中に、初めに習った先生のリズムと、師であり養父のリズムを、何となくオマージュしています。

でも、父には申し訳ないですが、全体的に初めに習った先生のリズムが根本にあります。

それで私が、

「夜明け、昼夜と『第一ぶんえんいとくの心』変奏で…』

などと話せば、

「そんなこと習ってない!」

と言われそうです。

例えで太鼓をあげましたが、太鼓だけではなく、御法ばかりは「習う」ものではなく、失敗からでも、成功からでも、テレビからでも、本からでも、ふと耳に入った事からでも、普段の「行い」から感じ取らなければならないものなので、「習ってない」なら「そうですね」というしかありません。

変な話ですが、どんなに太鼓になってしまおうが、間違いではないのです。

私なんて当初、レスピーギの「ローマの祭り」から引用しようとしたくらいですからね。

それに『第一ぶんえんいとくの心』の太鼓のリズムははっきりしていますが、錫杖の時の太鼓は基本的にフリースタイルなのです。

私の場合は、御法の中で行われるリズムを利用している、ってだけです。

節分祭で太鼓の役割がまわってきた時には、節分祭の豆まきのリズムを引用した時だってあります。

太鼓だけとっても、御法と合わせて色々考えて、行じているのですね。

って自分で今書いてて思いますた。

でも考えてみると、太鼓以外の声螺、先導、大鐘、典座、経頭、拍子木、導師、言念導のお取り次ぎ、奉行等、私が基本にしているのは自分勝手なものではなく、御法や言念導を組み入れ、時には他の宗教の動き等も考慮して構築してきた動きなのだと自負しています。

そして何より、これからも練磨していくと思います。

それらを驕らないように、そして、(恥ずかしいから)人に悟られないように、自分の事を「天才だから、大祭の教師の役割は何でもできる」等といっては、

「あいつバカだ」

とか思われつつ、人知れず緊張感を保っております。

因みに最近、持鈴の振り方を少し変えました。

〓しょうしゅう〓

2018.02.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

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佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
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