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言念導のお取り次ぎ

今日は蒸し暑い宿河原です。

どうもしょうしゅうです。

今年になってからまだ、年間の言念導役割当番表がなかったので、とりあえず作ってみました。

「一応、つくった」ので、何ともいえませんが、現在5月まで、どのような基準で言念導のお取り次ぎが行われていたのか、信徒会の要望もさることながら、教主様からの選任ってのもありつつ、やはり、

「取り次ぐのが上手な教師」

が選ばれていました。

言念導のお取り次ぎというのは、それが身についていても、身についてなくても、心から理解しようとする姿勢が反映されるように思います。

「読まされている感」や「業務報告感」になってしまうのは、読み込んでいない場合、よく起こるので、「あぁ、やっちゃったな…」と思ってしまいます。

言念導のお取り次ぎに選ばれるというのは、「名誉」な事だと、私は考えているので、「誰が取り次ぐ?誰に取り次いで頂く?」と、教師会内や信徒会内で悩まれている時には、率先して手を上げます。

「あの先生の言念導のお取り次ぎなら、間違いないね」

と信徒から言われるのは、「最高の名誉」だと思います。

実際、そのように言われているのかいないのか、わかりませんが、今年はだいぶ言念導のお取り次ぎが多いので、評判がいいのだと、良い方に考えています。

そして、言念導のお取り次ぎが少ない方は、自分の言念導のお取り次ぎの評判が悪いのだと反省して、もう少し考えた方がいいのではないかと思います。

当然、内容もですが、実は言念導をお取り次ぐ前後の環境づくりが大切なのですがね。

〓しょうしゅう〓

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2018.05.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

お数珠

五月ももう半分過ぎましたね。

いや、「やっと、五月の半分です」と言った方が、時間を有意義に使えそうな感じがします。

どうもしょうしゅうです。

先日、信徒研修会にて「お数珠について」お話しました。

そこで気づいたこと、というか以前から考えていたことですが、「お数珠について」話すだけでは話にならず、否応なく、礼拝の御法、九字の御法等を話し、また、実践も交えなければならない、連続的、複合的なもの、ということです。

だから先日、私がお数珠について話した時に、

「お数珠を基本にして、御法の動きを制御する」

というような話をしました。

そして礼拝については、

お数珠合掌→三礼→お数珠合掌

という別々のポイントを自然に繋ぎ合わせる、というような話をしました。

けれど、あとでわかった事ですが、私の普段の場合はさらに細く、

お数珠合掌→数珠を左腕にかける→お数珠なし合掌→三礼→お数珠なし合掌→お数珠合掌→九字の御法

というようなポイントになっている事に気づきました。

ここで最も重要なのは、今現在、どうやら、お数珠なし合掌から三礼に入る瞬間です。

おそらく、殆どの人が、お数珠なし合掌を意識せずに三礼に入ってしまいます。

お数珠なし合掌を確認する瞬間が、おそらく大切なようです。

今後も、自分の中で細分化されていくかもしれませんが、先日、自分でお話して、自分で気付かされた部分です。

因みに私の一番キライな礼拝の間違いは、お腹の三角形を作らない礼拝で、

「ヘコヘコ礼拝」

と自分がそうならないように変な名前をつけました。

〓しょうしゅう〓

2018.05.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

思考実験失敗

先日、子供縁日前にひどい風邪をひいてしまいました。

どうもしょうしゅうです。

天地阿合之心、火水日之心。

それらをリンクさせて礼拝の御法やお道具を使用する御法に対して思考実験を繰り返していますが、多少失敗する時もあります。

先日、太鼓のあげかたについて、

『太鼓の心は天に通ずる』

という言念導から、神降ろしの太鼓の最後の部分を天に昇るイメージをしてせり上げるようにあげてから、締めるようにしてみた所、そのようには習ってないからやめて欲しい、という指摘を受けました。

実際の音を言葉で表現するのは難しいですが、神降ろしの太鼓は、

21回×3+3という構成になっています。

そのうち21回部分のあげ方は人それぞれで、21回を等間隔、同じ音の大きさでであげる人もあれば、21回の最後の部分で少しデクレッシェンドする人もあります。

今現在、太鼓をあげるのが比較的上手な人は、21回の最後の部分をデクレッシェンドしています。

実はコレ、私の養父であり師匠が初めに始めた表現方法で、当初は他の先生方に色々文句を言われたそうです。

私はそれからさらに『天地之心』を表現できる幅を持たせようと、3回目に21回あげる時の最後に「天に昇る」ように、また神仏が電信電波より早く「ズバン!!!」と皆様のすぐ近くにあらわれる、そのようような状況をイメージして、デクレシェンドしていた部分をクレッシェンドであらわしてみたのです。

最近の下っていくような雰囲気がある現状のアンチテーゼとしても表現しようとした部分もあります。

でも、まだまだ思考実験が必要なようです。

ただ、人によっては「さっき何をやりました?すごい事が起こったように思いました」と言って下さる方もいて、上記の部分を少しお話しました。

「リズミカル」という部分も大切ですが、ダイナミックレンジとアゴーギクで表現できるようにする、それらを自由に操れるようにする、そして、その必要に気付けるようにする事が大切だと考えています。

今回の太鼓に関して、失敗というか、受け入れられないというか、まだ早かったというか、少しやりすぎたというか、そのような感じで、反省中です。

〓しょうしゅう〓

2018.05.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

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佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
新明国上教会につとめる
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