FC2ブログ

節分

節分の「福は内、鬼は外」の「鬼は外」は言わないというような場所があるようです。

それは元々鬼が祭られている場所や鬼と似た語感を持つ名の人が尊敬されていた場所などに見られます。

それはいいとして、私がどうも納得いかないのは、

「この場所は聖域であって、鬼などいないのだから、鬼は外とは言わない」

というものです。

節分に祓っているのは自分自身の中にある「鬼の心」なのではないのかな?

と疑問に思ってしまうのです。

それを聞いたのは誰かが他の人に話しているのを聞いただけなので、詳しく調べればその場所は、「鬼がまつられている」とか「鬼と似た語感を持つ人が尊敬されていた」といった民俗学的な話が残っている場所だったのかもしれません。

新明国上教会では「厄年」や「年男」など、旧来の習わしも大切にしていますが、節分では誰でも「福は内、鬼は外」と景気よく豆まきをする事をお勧めしています。

だからなのかもしれませんが、私自身にとって、

「この場所は聖域であって、鬼などいないのだから、鬼は外とは言わない」

という発言は発想の転換が利己的すぎて・・・

確かにそういう風に自分の信仰に自信を持つのはいい事かもしれませんが、こそばゆくなってしまいます。

話が不安定になってしまったので、節分の話に戻します。

さてさて、節分について調べ始めると日本や中国の「鬼」の存在の不思議さを知ったり、古くからの習わしが変容していく面白さを発見したりと、暦の不思議を発見したり、暦の微妙な違いを知ったら、太陽暦太陰暦・・・・そうそう古代ローマ帝国では・・・

とか中途半端な知識のサーフィンをして、とうとう新約聖書や旧約聖書やら、ラーマヤーナやら、メソポタミア文明やら・・・・

さながら童心に返って万華鏡をのぞいているようなわくわくした気分になります。

はぁ・・・

もう、節分に関して思いを馳せるようになってしまいました。

スポンサーサイト



2009.01.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

コメント

コメントの投稿


秘密にする

«  | HOME |  »

プロフィール

佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
新明国上教会につとめる
佐藤昭衆の個人ブログ

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる