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言葉の質

何かを行う時、その行う事自体は誰でも変わりません。

たとえば、野球をするといえばプロであろうと素人であろうと、野球です。

けれどもプロと素人では歴然とした野球の質が違います。

それはお金の授受の問題ではなくて、行っている動作や所作の質自体が既に違うという事です。

何事もプロと同じような質をもって行えればそれに越した事はないのですが、それは圧倒的な才能の違いというかひとそれぞれがもつ性格の違いなど様々な要素が複雑に絡み合っています。

それでも何をするにしてもプロの質を求めて道を模索しようと人は努力します。

また、プロはそれ以上の質をもとめて模索しています。

何事を行うにしてもこの『質』が大切です。

よく禅僧は生涯をかけて、人生をかけて「坐る」といわれますが、それと同じように何事もそれくらいの覚悟をもって行って生きたいものです。

まあ禅僧の禅定とはまた全く違う世界のような気がしますが、それでも我々が生きているという事実を質の高いものにしたいものです。

それにしても、言葉の質というのは、それらの最少単位のように感じます。

・・・というような事を考え出すと、何処でおさまって良いのやら分からなくなりますね。

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2009.05.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

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