FC2ブログ

言念導のお話

教祖関山盛衆法師が導き諭されたお言葉。

それを代々お取り次ぎしてきたものを言念導といいます。

言念導の言葉自体は変化しようがないのですが、そのまわりの肉付きは時代によって変化していきます。

ですから、以前使用されていた文書が現在では使用できないという事もありえるという事です。

たとえば、「お池」という言葉。

現在は駐車場と植木置き場になってしまいましたが、以前はそのものずばり「池」でありました。

それを教祖から現会長の時代にかけて埋め立て、田畑にし、教師の方達の修行道場と呼ばれるようになりました。

「修行道場」が「田畑」?

と感じるかもしれませんが、田畑で田畑の仕事をしていてはならず、たえず「新明国上心様に対する信仰心」をその時代、その場所、その時間において磨くというのが重要になってきます。

そのような意味で「修行道場」と呼ばれていたのだと感じます。

実際、その場で教祖の『行』が行われた事もあったと言念導にもあります。

ただ、そのような事を私のような人間がたどたどしく書いたり、話したりしていても、とても抽象的で、教師以外の方々にとっては理解しがたい部分があると思います。

僕が重要だと感じる部分は「田畑で田畑の仕事をしていてはならない」という部分です。

教祖おや様は、云々・・・・

・・・というような感じで自分の文章を作ってから、それに見合う言念導を探すという方法があります。

また先に、

『足を運べよ、正直にすがれよ』

という言念導を基本にして話を編集していく方法もあります。

そしてまた、一日祈祷用、日曜参拝会や信徒の研修会用、といった具合にお話だけなのか、実践(たとえば礼拝)を伴うのか考えながら編集していく場合もあります。

前回の教師研修会にて「言念導の編集方法」を勉強したい。

というような議題があがっていたので、上述のような感じでお話しようと思います。

備忘録として。

〓しょうしゅう〓

スポンサーサイト



2011.07.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 御法

コメント

コメントの投稿


秘密にする

«  | HOME |  »

プロフィール

佐藤昭衆

Author:佐藤昭衆
新明国上教会につとめる
佐藤昭衆の個人ブログ

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる