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岡谷支部節分祭言念導

『豆まきは人の心に宿っている悪魔の心と人の運勢を邪魔している悪魔の心を切り払い、心の中と運勢に、福が授かるよう、招福祈祷をして運勢の道を開くのである』
と教祖おや様は仰せられております。
 皆様は「天国と地獄の食事」のお話をごぞんじでしょうか。
地獄での食事は、丸いテーブルを囲んで席に着きます。
テーブルの上にはたくさんのおいしそうな料理が並んでいますが、自分は席に縛りつけられ、手だけしか動かす事ができません。
席には長さが一メートル以上あるはしが置いてあります。
天国での食事は、丸いテーブルを囲んで席に着きます。
テーブルの上にはたくさんのおいしそうな料理が並んでいますが、席に縛りつけられ、手だけしか動かす事ができません。
席には柄の長さが一メートル以上あるはしが置いてあります。
天国と地獄の食事、おかれた状況はまったく同じなのです。
 地獄では、料理を食べようにも、はしが長すぎるので、自分の口に運ぶ事ができません。
 イライラしたり、怒ったり、悩んだり、苦しんだり、失望したり、また、お互いに罵り合っています。
 結局、空腹が満たされる事は永久にありません。
さて、天国ではどうしていたのでしょう。
天国が地獄と違っていたのは、長いはしを使って、料理を周りの人達の口に運んであげているのです。
考えてみれば簡単な事で、長いはしでは自分で食べるはできませんが、周りの他の人に食べさせる事はできるのです。
天国では、お互いに思いやり、言葉を交わし、にこやかに食事を楽しむ事ができるというわけです。
天国や地獄は場所や環境ではなくて『人の心に宿っている悪魔  の心』が、あの世もこの世も地獄にするというお話でした。
 さて「厄年」「厄月」「厄日」というのも、人それぞれの心に宿っている『人の運勢を邪魔している悪魔の心』といえますので、  新明国上教会では厄年の方に限らず、どなたでも豆まきをお勧めして、その年の災難災厄を切り払って頂いております。
『悪魔の心は笑う声が大嫌いである』
『笑い声の絶えない明るい家庭には、悪魔の心はよりつけなくなり、福の心がどんどん授かってくるのである』
『一日に少なくとも三回笑い、たまにはお腹のよじれるような  大笑いをするように心掛けよ』
と教祖おや様は諭されておられます。
家族親戚、そして自分に関係する周りの人々が幸福であるように、節分には開運招福の豆まきをつとめ、福の心が寄りつくように日々の笑いがつとめられるように、新明国上心様と先祖の心と鎮守の心に、一心にお願いしてください。
新明国上尊の経典威徳にお願いし、平穏無事な日々が送られるよう、心からお祈り申し上げ、言念導のお取次ぎとさせて頂きます。

スペース等があるのはテンプレートの原稿で編集した時、自分で読みやすい改行にした時の名残です。

ゆっくり読もうとしても、大抵の場合、早口になってしまうものなので、このスペースや改行は自分で声に出して読む時に程よい「間」になってくれます。

あまり世間一般に言われていたり、想像されたりしている天国や地獄などの情景を言い表した言念導はなく、

『人の心に宿っている悪魔の心』が、あの世もこの世も地獄にする。

という論法というか、言い回しというか、考えてみたら、そういう言念導がほとんどです。

〓しょうしゅう〓

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2015.02.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 未分類

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Author:佐藤昭衆
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