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所感として

今日は先日ちら見した坊主Bコースというコースメニューがある近所の床屋に行こうと思います。

どうもしょうしゅうです。

訓読経の中に紙を貼って訂正してある部分が何箇所かあります。

そこが所謂、戦前に宗教団体として認可されるための苦肉の策であった部分。

確か「ふどうそんとなぞらへ」と御真言の部分。

因みに現在は「擬える」事はしていません。

「新明国上尊に」となっていて、教祖おや様が仰せられた、

『我が亡きその後は何千万の人が我の姿を拝んで利益を得るぞ』

という言念導を形にした、本来の姿として訓読経は確立しています。

訓読経を読めば、だいたいですが、日本語でも意味がわかる部分があります。

でも、訓読経の、強いて言えば「締め」の部分は、まだ解読されていません。

亡くなられた先輩教師の方からは、この「締め」の部分は神仏に謝っているもので、声は小さめ、素早く読経するのだ。

というような事を教えられた記憶があります。

何となく、「人間の言葉で神仏にお願いしてしまい申し訳ない!!!!!!!!!!!」

というような意味が、最期の解読されていない部分にはあるのではないかな、と思ったりします。

が、さて、教祖おや様、新明国上心様の御心にかなうかはわかりません。

とはいえ、私が経頭である時は、声を合わせやすいように遅く…一文字ずつテヌートをかけるような感じで唱え始めてから、その場の状況に応じてインテンポになるように速度を調整しながら、締めの部分でも比較的大きな声であげています。

また、どんな場面でも対応できるように「プレーン」な感覚で読経しているつもりですが、それを維持するのは大変かもしれませんね。

このような内容を書いていいのかわかりませんが、とりあえず私個人の現在の所感とか備忘録とかとして

〓しょうしゅう〓

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2015.10.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 言念導

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Author:佐藤昭衆
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