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音程

ルパン三世(三期目くらいのやつ)のOPのグリッサンドが好きです。

どうもしょうしゅうです。

訓読経を唱える上で、忘れられない教わりたての時の言葉があります。

それは「語尾の音程を下げない」というもの。

実際、定形で上げ下げする部分はあるのですが、あまり音程をさげないようにしています。

どちらかというと私は、師匠の音程に準じているので、そうなるのかもしれません。

もう十数年前、御真言の音程が下がってしまう方がおられて、それを聴いて、師匠が仰られた事。

また、最近になって、語尾の音程を「グッ」と上げる先生(私の大好きだった先生)もおられたのを思い出した事。

ずっと、どうして「グッ」と上げるのだろうと考えていたのですが、「グッ」と上げることで、音程が下がらないようにしていたではないかと思い当りました。

なぜ、御真言の語尾の音程をさげてはならない、という師匠の言葉が忘れられないのかというと、

「それ(音程が下がる)は浮かばれない心様に守護されてしまっているから」

と、師匠が悲しそうな顔で話されれていたのが印象に強いのです。

そう考え当って、最近になって、錫杖時の御真言のある部分が下がってしまう時があって(私は違いますが)、どうもぞわぞわしてしまっていたのが、少しわかったような気がしました。

上記の部分を含め、私にとって錫杖の時にお唱えする御真言は、

「(浮かばれない心様に守護されないように)失速しない御真言という弓矢で役目星様を突き動かす」

というイメージなので、どうも音程をさげられるのに違和感があるのかもしれないと感じました。

でも、私自身もきっと、要所要所に五寸釘を打ちながら唱えているのを、何も考えないで唱え始めたら、どんどん語尾の音程がさがっていってしまうのだろうなとも強く感じているので、やはり昨日のブログにも書きましたが、内容の濃い御法を施行できるように精進しなければならないと常に反省しています。

〓しょうしゅう〓

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2017.07.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | ひとりごと

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Author:佐藤昭衆
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